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東京地方裁判所 平成5年(ワ)165号 判決

本訴原告(反訴被告、以下単に原告ともいう。)

隅田照子

右訴訟代理人弁護士

楠忠義

本訴被告(反訴原告、以下単に被告ともいう。)

甲田甲子

乙本静

右両名訴訟代理人弁護士

伊藤伴子

主文

一  本訴被告(反訴原告)らは、本訴原告(反訴被告)に対し、連帯して金一二〇万円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴被告(反訴原告)甲田甲子は、本訴原告(反訴被告)に対し、金二五万七九〇〇円及びこれに対する平成四年五月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告(反訴被告)のその余の請求及び反訴原告(本訴被告)らの請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、これを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)らの負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求

1  本訴被告らは、本訴原告に対し、連帯して金四七四万二一〇〇万(ママ)円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  本訴被告甲田甲子は、本訴原告に対し、金二五万七九〇〇円及びこれに対する平成四年五月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

反訴被告は、反訴原告らに対し、それぞれ金五五〇万円及び反訴原告甲田甲子については平成五年一月一三日から、反訴原告乙本静については同月一四日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実と弁論の全趣旨により認められる事実

被告甲田甲子(以下、被告甲田という。)は、「大和田看護婦家政婦紹介所」(以下、大和田紹介所という。)の名称で、同紹介所に登録した家政婦及び付添婦を紹介・派遣する業務を行っているところ、原告は、昭和六二年五月頃、同紹介所に雇用され、経理事務を担当していた。

原告は、大和田紹介所を平成四年五月二〇日限り退職した。

原告が被告甲田から受けていた毎月の給料は、二〇日締切で、二五日支払の約束であった。

二  本訴請求における原告の主張の要旨

1  不法行為に基づく損害賠償請求

被告甲田は、原告に対し、原告が大和田紹介所において扱った現金・預金について不正行為をした事実がないにもかかわらず、平成四年五月一六日頃、大和田紹介所の事務所内において、原告が担当していた経理事務について金銭を着服したものとして多額の使途不明金が生じていると言明し、同月一九日頃、同事務所内において、右使途不明金の金額は二〇〇〇万円であると断定的にいいつのり、さらに同月二〇日頃、同被告の親しい友人である被告乙本静(以下、被告乙本という。)と共謀の上、原告から使途不明金名下に金銭を喝取しようと企て、大和田紹介所の事務所内において、原告に対し、被告乙本と右使途不明金の賠償に関して話をするよう指示した。

被告乙本は、同日午後四時頃、原告を大和田紹介所の事務所前から、自己の運転する普通乗用車に乗車させて隅(ママ)田区内のファミリーレストランに赴き、同所の駐車場に駐車した同車内において、原告に対し、被告らが弁護士及び会計士に原告の不正経理について既に相談済みであるなどと話し、原告の不正行為が確定した事実であるかのように虚言を弄し、被告らに従わなければ刑事告訴、損害賠償請求の訴訟によって原告及びその家族がいかなる不利益を受けるかも知れないと畏怖させ、賠償金名下に金銭の交付を受ける目的で、「あんた、自分だったら(支払える金額が)どのくらいなんだ。泣いていたって埓明かないぞ、お前。」「お前がいくら出せるんだよう。」「だから、いくらなんだよって聞いてんだよ。」などと執拗に脅迫的言辞を弄して金銭の支払を要求した。原告は、泣きながら、「自分自身そういうことをやっていません。」「早く帰して下さい。」と何度も被告乙本に懇願し、さらに同自動車内から脱出しようとしたが、被告乙本に腕を強く引っ張られるなどして阻止された。原告は、二時間以上も身体を拘束され、一刻も早くその場を逃れるためと、他の場所に連れていかれ、なおも監禁される恐怖心から、やむなく被告乙本に対し、金三〇〇万円程度であれば、準備できるというと、同被告は、その金額をメモ用紙に書くように指示し、原告がこれに応じたので、同日午後六時三〇分頃、ようやく原告を同車内から解放した。その後も被告乙本らは、原告宅に押しかけたり、電話をして、原告に金銭の要求をしたりしたが、原告がこれに応じなかったため、金員の喝取の目的を遂げることができなかった。

その後、被告甲田は、全くの虚構の事実に基づき、東京地方裁判所に対し、同被告を債権者、原告を債務者として、原告が大和田紹介所で扱った金二二〇九万一五七四円を自己の用途に使用する目的で着服横領したとして、原告の預金について債権仮差押の申立をし(同裁判所同年(ヨ)第四一八五号債権仮差押命令申立事件)、同月二五日、同仮差押決定を受けた(但し、請求金額は金九九八万二八四三円に減額された。以下、本件仮差押決定という。)。

原告は、被告らの右不法行為により、事実上大和田紹介所から退職を余儀なくされ、職場の同僚や近隣住民にも原告が横領行為をしたかのようにいいふらされ、さらに本件仮差押決定の第三債務者である金融機関等に対する原告の名誉及び社会的信用を著しく棄損され、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を被った。

右精神的苦痛に対する慰謝料は金四〇〇万円を下らず、また原告は、本訴の提起・追行を原告訴訟代理人に委任したが、そのための弁護士費用は金九〇万円を下らない。

2  給料請求

原告が大和田紹介所から受ける給料は、毎月二〇日締切、二五日払いの約定であったが、平成四年四月二一日から同年五月二〇日までの同年五月分給料二五万七九〇〇円が未払いである。

3  よって、原告は、被告らに対し、連帯して不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料金四〇〇万円の内金三八四万二一〇〇円、弁護士費用金九〇万円の合計金四七四万二一〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成四年五月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、ならびに被告甲田に対し、未払給料二五万七九〇〇円及びこれに対する支払期日の翌日である平成四年五月二六日から支払済みまで右同様年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

三  反訴請求における被告らの主張の要旨

原告は、本訴状において前記二・1記載の主張をなし、もって被告らの名誉を棄損した。

よって、被告らは、原告に対し、それぞれ不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料各金五〇〇万円、弁護士費用各金五〇万円、合計各金五五〇万円及び右各金員に対する本訴状送達の日である被告甲田については平成五年一月一三日から、同乙本については同月一四日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  争点

本訴及び反訴について各不法行為の成否と損害額、本訴について未払給料請求権の存否が争点である。

第三争点に対する判断

(本訴請求)

一  不法行為に基づく損害賠償請求について

1 当事者間に争いのない事実と証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和六二年五月、大和田紹介所に雇用され、経理担当事務員として稼働するようになった。

当初は、午後四時から同七時までのパートタイム勤務であり、電話番や伝票類作成等の事務を行っていたが、昭和六三年一一月頃から、伝票類の集計や会計帳簿の記帳事務を主とする事務を担当していた。

平成二年三月、大和田紹介所において生活保護を受ける患者の付添看護をする付添婦の紹介手数料(以下、生保関係の紹介手数料という。)等の現金出納及び経理事務を担当していた訴外秋山喜重子(以下、秋山という。)が退職することになり、原告がその後任者となった。

大和田紹介所は、生保関係の紹介手数料のほか、東京都家庭奉仕員等派遣事業等として区役所からの要請により家事援助を要する家庭(老人及び身障者)に派遣する家庭奉仕員(付添婦)の紹介手数料(以下、家庭奉仕員関係の紹介手数料という。)、一般個人から派遣依頼を受けた付添婦の紹介手数料(個人関係の紹介手数料という。)、並びに登録した付添婦・家政婦からの会費を主たる収入源としていた。

そして平成二年三月頃以降、家庭奉仕員関係の紹介手数料の現金出納及び経理事務は訴外北原則子が、個人関係の紹介手数料の右同様の事務は訴外漆原政江が、それぞれ担当していた。

生保関係の紹介手数料の支給手順は、まず大和田紹介所が病院から付添婦(看護補助者)の派遣要請を受け、登録されている付添婦を派遣する。看護補助をした付添婦は、患者名・看護期間・看護料等を「通知書」と題する用紙に記入し、これを大和田紹介所に提出して看護料の請求をする。大和田紹介所は、右請求を毎月末日で締切り、翌月五日に看護料を付添婦に立替払いする。これと並行して病院は、区役所の福祉事務所から支給された看護券に患者名・看護補助者名・看護の内容等を記載し、大和田紹介所に交付する。大和田紹介所は、看護券に基づき看護料を算定・集計し、これに所定の紹介手数料(看護料の一〇・一パーセント)を加算し、区役所に請求する。右請求を受けた区役所は、大和田紹介所の銀行預金口座(〈口座番号等略〉)に振込入金するか、荒川区役所の場合は小切手で、台東区役所の場合は現金で支払をする、というものであった。

原告は、右手順のうち、付添婦に対する看護料の立替払い、看護料及び紹介手数料の請求額の記帳・入金確認、荒川区役所及び台東区役所からの集金・入金を主として行い、そのために必要な現金や通帳の管理を行っていた。

そして、原告は、平成元年度及び同二年度の確定申告に際し、辻公認会計士事務所の指導を受け、原告の作成した試算表に基づいて申告をするなどし、平成四年四月下旬頃に至るまで、被告甲田からその経理事務処理に関して疑問を抱かれることはなかった。

(二) 被告甲田は、平成四年四月下旬頃、原告に対し、生保関係の紹介手数料収入の平成三年一二月末現在の残高を調査するよう指示した。同被告は、昭和六三年一二月一日三和銀行押上支店から一四七七万九六九四円を借入れ、これを生保関係の付添婦に対する立替金の原資とし、生保関係の紹介手数料収入をさらに右立替金に加えて運用していたところ、原告が右生保関係運用資金を着服横領しているのではないかとの疑いを抱いたためであった。そして、その頃、被告甲田は、大和田紹介所の事務所内に監視カメラを取りつけたりした。原告は、右指示により、平成四年五月初旬頃、平成三年一二月末現在で、「未回収残高一四六六万五三五一円、一二月分(同年一二月一日から二〇日まで)生保立替金四九五万五二二〇円、太陽信用金庫の預金残高二六一万〇九九〇円、富士銀行の預金残高四五六万六五四七円、合計二六七九万八一〇八円」等と記載したメモ(〈証拠略〉)を提出した。

ところが、被告甲田は、平成四年五月一六日頃、原告に対し、大和田紹介所の事務所において、他の事務員らのいる前で生保関係の紹介手数料に関し、二〇〇〇万円の使途不明金が出ており、これが原告の責任であるかのように申し向けた。原告は、「経理をきちんとしているので調べてみれば分かることだ」と抗弁した。

原告は、同日帰宅し、夫の隅田善貴(以下、善貴という。)に被告甲田からあらぬ疑いをかけられている旨告げ、原告代理人弁護士に電話で相談した。そして、夫や弁護士から、原告に非がないのであれば正々堂々としていればよいと激励された。

被告甲田は、同月一八日頃、原告に対し、メモを示し、「(昭和六三年一月から平成四年四月三〇日までの)生保関係立替金のための三和銀行押上支店からの借入原資一四六六万五三五一円、生保立替金手数料収入三六三一万九八六九円、介護券手数料(家庭奉仕員関係の紹介手数料)収入四七八万五七四三円、合計五五七七万〇九六三円から債権者への支払分三〇五三万三九三六円及び平成四年四月三〇日現在の銀行預金残高三一四万五四五三円を差し引いた二二〇〇万円余の使途不明金がある。」旨申し向けた。原告は、「横領などしていない」と抗弁した。

(三) 被告甲田は、平成四年三月頃から、親しい友人で元大日講の講元をしていた被告乙本に対し、原告が使途不明金を出した疑いがあるとの相談を持ちかけていたところ、同年五月二〇日昼過ぎ頃、被告乙本とともに被告ら代理人の弁護士事務所を訪れ、約二〇〇〇万円の使途不明金があるとして同弁護士の助言を求めた。同弁護士は、「原告と話合う段階である」と述べた。

同日午後四時頃、被告両名は大和田紹介所に戻り、被告甲田が、原告に対し、「被告乙本と話し合うように。場所は事務所でも外でもいいから」と告げ、原告は被告乙本と話し合うため、同被告の運転する普通乗用車に乗車し、被告乙本は、一〇分程走行した場所にあるファミリーレストラン「デニーズ」の駐車場に同車を停車させた。

右車内において、被告乙本は、原告に対し、約二時間半にわたり、大和田紹介所において約二〇〇〇万円の使途不明金が発生しており、その責任は原告にあること、被告甲田は、弁護士や計理士に調査させて徹底的に右責任を追及するであろうこと、既に被告甲田は弁護士に相談しており、弁護士からは、刑事上は業務上横領となれば懲役一〇年の刑に当たり、民事上は、使途不明金の全額のみならず、慰謝料の請求も可能であるとの助言を受けたこと、刑事上の責任を問われることとなれば、新聞にも載り、世間に顔向けできず、現在の住居に住めなくなり、息子が職を失う等家族に不利益が及ぶであろうこと、秋山が退職したときには(使途不明金の)金額が明らかでなかったが、金銭の支払をさせたこと、一二〇〇万円を支払うならば被告甲田を納得させられること、家屋を改築するということでローンを組めば右金員を調達可能であること、等々の内容を、一面では「あの人(被告甲田)を敵に回してまで、あんたをかばってんだよ。」等とあたかも被告乙本が原告の味方であるかのように申し向け、また反面では「酒屋のおやじさん、あの人はもともと半端じゃない人だからね(ママ)。刀の傷を持っている人だかね。それが動き出しちゃってんだよ。」「お前がいくら出せるんだよう。」「泣いてたって、埓明かないぞ、お前。」等と脅迫的・威圧的言辞を語気鋭く申し向けて、執拗かつ巧妙に原告をして支払約束をさせようとし、原告が、何ら経理上の不正はしておらず、到底右のような高額の金銭の支払は無理であると告げ、泣きながら車から降りようとしたのに対し、被告乙本は、これを引き止め、「自分を甘くみるな。子供の使いじゃない。」などと威迫し、ついに原告をして自分で調達できる範囲内とする金三〇〇万円の支払を約束させ、その旨を車内にあったメモ用紙に記載させ(〈証拠略〉)、同日午後六時半頃に至り、やっと原告を解放した。

原告は、原告代理人弁護士の助言により、右車内での会話を約二時間余り録音していた。そして、帰宅後、直ちに原告代理人に右被告乙本との交渉の経緯を告げ、助言を求めた。

被告乙本は、原告を解放した後、大和田紹介所の事務所に戻り、被告甲田を前記普通乗用車に乗車させ、原告との交渉の際の道順を再度たどりながら、右交渉の経過を報告した。

さらに、被告乙本は、原告との車内での交渉の際、同日午後一一時三〇分頃、原告方に架電することを約束させていたことから、その頃大和田紹介所の事務所から原告方に架電したが、原告の夫善貴が、「原告は具合が悪くて寝ている」と告げたので会話はできなかった。右架電の際、被告甲田は、被告乙本の傍らで右やりとりを聞いていた。

(四) 翌二一日、原告は出勤せず、原告代理人弁護士の事務所に相談に赴いていたところ、留守中の同日午後七時頃、被告乙本が被告甲田の知人の男性高橋某を伴い、原告方を訪れ、約一時間半にわたり、「隅田さん、いるんだろうから出てこい」などといいながら、ドアを叩いたり、電話のベルを鳴らしたりした。留守番の原告の姉と娘は、警察官を呼んで来てもらったが、その時には被告乙本らはいなかった。

同日午後一一時半頃、被告乙本は、また原告方を訪れ、応対に出た原告の夫善貴に対し、「原告のためを思ってきた」などと述べた。善貴は、被告乙本に対し、「原告代理人弁護士に解決方を依頼しているので、同弁護士と話し合ってもらいたい」と告げた。

被告乙本が右のように原告方を訪問したのは、全て被告甲田に依頼を受けてのことであった。

その後、原告方には頻繁に無言電話があった。

そして原告は、平成四年五月二一日以降、大和田紹介所に出勤しなくなった。

(五) 被告甲田は、平成四年六月一〇日、東京地方裁判所に対し、同被告を債権者、原告を債務者として、原告が大和田紹介所で扱った金二二〇九万一五七四円を自己の用途に費消する目的で着服横領したとして、原告の銀行預金について仮差押の申立をし、同月二五日、同仮差押決定を得た(同裁判所同年(ヨ)第四一八五号債権仮差押命令申立事件、本件仮差押決定)。但し、同決定において、請求債権額は、金九九八万二八四三円に減額された。

原告は、同年八月一三日、同裁判所に対し、右仮差押決定に対する異議申立をし(同裁判所同年(モ)第一四七三七号仮差押異議事件)、さらに同年一〇月二一日、起訴命令の申立をした(同裁判所同年(モ)第一六〇四七号)。

すると、被告甲田は、右起訴命令にかかる本案の申立もせず、同年一一月二七日には、本件右仮差押の申立も取り下げた。

しかし一方、被告甲田は、同年一一月頃、南千住警察署に対し、原告が大和田紹介所において、平成二年一一月二七日に金六万一九〇〇円、同三年六月一三日に金一四万円、同四年四月三日に金一二万四五五〇円、同年五月六日に金二二万一五三三円、合計五四万七九八三円を着服横領したとして、業務上横領で告訴した。

2 右認定事実によれば、被告甲田は、原告が大和田紹介所において取り扱っている紹介手数料等の経理事務・現金出納に関し、約二二〇〇万円にものぼる使途不明金が生じており、これが原告の責任であるかのように決めつけ、原告に弁償名下に金銭の支払をさせて利得を得ようと企てたものであるが、右使途不明金の発生及びそれが原告の責任であるとする根拠は、後に本件仮差押を取り下げざるを得なくなったことから明らかなように、極めてあいまいなものであり、かえって原告の記帳していた伝票、預金通帳の記載内容をみると、原告は、預金通帳の金額欄の余白に金銭の出所・使途等に関する克明なメモを残すなど、不正の疑いを受ける形跡はないといってよいにもかかわらず、被告甲田は、原告が何らかの不正行為を行っているのではないかとの予断の下に右企てをなしたものと窺われ、動機において悪質というべきである。

そして、被告甲田は、金銭要求の交渉にたけた同乙本に原告との交渉を委ね、被告乙本は、前記のように執拗かつ巧妙な言辞を弄し、原告に金三〇〇万円の支払の約束をせざるを得ない状況に追い込んだものであって、その手段・方法は、陰険かつ狡猾というべきである。

そして、被告両名は、原告に右支払約束をさせた後も、深夜、原告方に架電したり、押しかけたりし、さらには本件仮差押命令申立をする等して原告に威迫を加えたものである。

被告らの右行為は、違法なものというべく、共同不法行為を構成すると認められるところ、原告は、前記被告乙本による平成四年五月二〇日の金銭支払要求行為により、多大の精神的苦痛を受けたと認められ、またあらぬ疑いをかけられたことにより、大和田紹介所を退職することを余儀なくされ、また本件仮差押決定により、その名誉・信用が棄損される等、多大の有形無形の不利益を被ったと認められる。他方、原告は、平成四年五月一六日以降、原告代理人弁護士に相談をし、その助言を受けていたこと、実際に金三〇〇万円の支払をするに至っていないこと等慰謝料減額の事情が存し、これら一切の事情を考慮すると、原告の受けた右精神的苦痛を慰謝するには、金一〇〇万円をもって相当と認めるべきである。

そして、原告が右不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するため、本訴の提起・追行を原告代理人弁護士に委任したことは事案の内容に照らしやむを得ないものと認められ、事案の難易、認容額その他諸般の事情に照らし、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、金二〇万円をもって相当と認める。

二  未払給料請求について

証拠(〈証拠略〉)によれば、原告は、被告甲田から平成四年五月分の給料の支払を未だ受けていないと認められるところ、原告は、同月分の給料として、同月二五日に、少なくとも基本給一九万八〇〇〇円、特別手当五万円、残業手当五万円、合計二九万八〇〇〇円の支払を受けられるはずであったと認められ、同被告には、その内金二五万七九〇〇円の支払義務がある。

(反訴請求)

三 前記第三・一に認定判断したところによれば、原告が本訴状において、被告両名に対し、前記第二・二・1の主張をなし、不法行為に基づく損害賠償請求なしたことは、正当な権利の行使というべく、何ら被告両名の名誉を棄損するものではないから、反訴請求は理由がない。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求中、不法行為に基づく損害賠償請求については、被告らに対し、連帯して金一二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年五月二〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却し、被告甲田に対し、金二五万七九〇〇円及びこれに対する支払期日の翌日である平成四年五月二六日から支払済みに至るまで右同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める未払給料請求については、理由があるから認容し、被告らの反訴請求は全て理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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